こころの平和(2010/05)
五月五日は、端午の節句の日です。この日はまた、日本が世界に誇る大医学者で、またたいへん親孝行で有名な、野口英世博士が、北アフリカで黄熱病原を研究中、同病に感染して亡くなった日です。
第一次世界大戦が始まったのは、大正三年で、彼が三十八歳の時です。その当時、彼が知人にあてた手紙が残っています。今それを読んでみると非常に感慨深いものがあるので、彼の命日に当る今日みなさまと共に読んでみましょう。
今回の欧州大戦争は......世界人類の大禍災にこれあり、いまさら人生の浅ましさをさとらせ申し候。日本もついに引きこまれ、内には民力を捐じ、外には敵をつくるのやむなきに至るならんかと思われ候......平和の方法にて同一の目的を達するは、戦争によれるよりも非常の偉功と思われ候
だれしも「平和」を口にしますが、野口英世博士からこの語を聞くと、とくに強い感動を受けるのは、彼の人格とひたむきな学究の精神によるものでしょう。
一人ひとりの心が平和にならなければ、真実の世界平和はないとユネスコ憲章が明言するところです。私達は、外に向って「平和」を叫ぶと共に、自分の心も平和であるように努めましょう。
たまたま、五月一日はメーデーであると共に、中国の十七世紀の思想の書『菜根譚』が世に出た日でもあります。この書は、儒教の思想を中心に道教や禅学を織りこんだ処生哲学書です。その中に、他を責めるときの心得があります。他を批難するとき、とかく昂奮して平静を欠くことを戒めるのです。その一例を口語訳してご紹介いたします。
人の悪を責めるのに、ひどく厳しくしてはならない。その人が受けとって背負うことができる程度にするように考える必要がある。(前編二三則)
叱責する者は、つねに心が平穏である必要を説くのです。オーバーな叱責は相手にとって過重になるからです。叱責も度が過ぎると心の武器になります。
また同書は、他に善をすすめるのにその人が必ず実行できるように、愛情をもってせよ、と説いています。悪をするからと怒って暴力を振うのは論外です。
『法句経』に「おのれを調えよ」と説かれるゆえんです。端午の節句に当り、私はとくにこの思いを深くいたします。
松原泰道