法話の窓

迷走の報酬(2010/12)

 十二月八日は「成道会(じょうどうえ)」法要を各寺院で厳修する、釈尊三仏忌の中の一つであります。この成道の日に更に強く仏道を菩薩道を歩むという気持ちを持つきっかけとしたいものです。表題のテーマは、四摂事の利行の実践であります。この実践行が菩薩道を歩むということでしょう。


 「他の人の支えになるように、他の人のためになるように生きなさい、人の役に立つ人生を送ることができる時、始めて、生かされて、生かして生きるという目的が生まれるのです」と以前インドに行った時、ヒンズー教の高僧に教わりました。その対象は人々だけでなく、生きとし生けるもの全てに対してであります。考えてみれば、努力をすれば自ずと好結果を得ることができるとか、情けは人のためならず、必ずや困っている時、あなたは誰かに助けられるとか、善いことをすれば、功徳がもらえるとかよく言われますが、はたして本当にそうでしょうか。「悪い奴ほど良く眠る」とか申しまして、世間は、そんなに都合良く理屈どおりに回っていくとは限りません。努力と結果が結びつかないところに、順風と逆風のないまぜに吹くところに厚みのある人生、味わいのある世界になっていると思えるのです。この世で多くのことが、理屈どおりになったり、善因善果であったりするのは、まれでありましょう。そして、ここにこそ、無私の慈悲の姿「利行」の大切さが輝いて見えるのです。

 以前、大切な一人息子さんを交通事故で亡くされたご夫婦が、自分たちより先に、若い息子が亡くなるという悲しみの中から、あるNPO(非営利団体)の福祉の会に、保険金の一部を寄付されました。将来結婚するだろうその家族のために使ってもらおうという予定の上での保険であった筈です。思いやりのある善意でしたことが、運命のいたずらか、計画は完全に逆目に出ます。まだ見ぬ未来の、みんなの笑顔まで想像して、やってきたことが結果は無惨です。お母さんは一年間はショックから立ち上がれませんでした。でも二年後の三回忌の時に決意を述べられました。「交通事故遺児、交通安全協会等々と保険金の行先を考えましたけれど、私たちは老人福祉の方に決めました」と。私が携わっている団体のNPOの会です。悲しみを充分に受け入れ、なおかつ、そこから他の人の幸せを願うというのは、なかなかできることではありませんが、現実に私の身近にこのことをなさったご夫婦がいらっしゃる。私にどれほどのものが与えられたかは言うまでもありません。ほんとうに有り難いことで、深く感謝し合掌するのみであります。もちろん「会」の運営事務の職員は大きな喜びと勇気もいただきました。活発な活動は今も展開し続けていますが、少なくともこの件が強いインパクトであったことは確かです。予定調和とはいかないこの世で私たちのヤルベキことの一つの指針が示されていると思います。


 人が見ておろうが、おるまいが、ヤルベキことをやり、調えるべきことを調える、陰徳を積み、私の行為全てをゆるがせにしないという気持ちを持って日常生活を送る、但し「車」の遊び(ハンドルやブレーキの遊び)にも似た余裕を持つという前提条件があって。これが今推進テーマにされているもので、このテーマの中から幸せを求める実践行が必要とされるのです。


 冬というには少し早い、ある暖かい昼前、久し振りに、家族六人で小旅行に出かけた時のことです。車ではない交通機関を使っての旅というのも良いものです。岐阜の焼物の街へ行きました。食事を予約していたけれど、その前に有名な陶磁器展示会館に寄ってからにしようということになり、駅前の店で、会館の場所をたずねて、歩き始めました。「真直ぐ道を行って、コンビニAのある交差点を左に折れて、真直ぐ......」私たちはそのとおりに歩きました。話もはずみ楽しく歩く、十五分歩いても目当ての会館の影すら見えない、おかしいなあと気付く、車でなら十分くらいでも歩くとなると数十分ということに気付くのに手間はかからない、「しまった、私たちを車で来た人と思って教えてくれたのか」と、その時、後から走って来た白い乗用車の人が追い抜き、前に車を停めて、声をかけてくれた。「乗せて行きましょう。もう一台すぐに来ますから」なぜ私たちが陶器会館へ行くのを知っているのか、道を少しそれて歩いていたことをもだ。娘が「あの人、さっき道を聞いた店にいた人だよ」と言った。おかげ様で私たちは、拝観もできて、無事に食事にも間に合いました。迷走している私たちを見るに見かねて助け船を出してくれたに違いないのです。さわやかな青年たちでありました。母が言った「世の中捨てたもんじゃないねえ」そこここに菩薩道はあり菩薩様はおわします、そこここに四摂事の行はあまた多く見受けます。願わくばその実践者の一人でありたいものです。一日が短くなり夜が長くなるこのごろ、ゆっくりと、心のこもった助け合いをすることを考え、そして実践していきましょう。

木下紹真

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