法話の窓

秋彼岸〜仏さまと向きあう季節(2012/09)

 ちちははの 忌(き)もおこたりて 働けど
 やすらぎ給(たま)へ よき子とならん


 作家吉川英治さんの有名な歌です。
 お彼岸になると、日ごろの仕事に追われている人たちも、手桶を持ってお墓参りに出かけます。そして、私は確かに見守られている、ということが感じられる大切な時でもあります。
 長男がまだ二歳半くらいの頃です。奈良の薬師寺さんへお参りに出かけました。受付へと行きますと「お坊さんですか。どうぞ」と、とてもにこやかに迎え入れてくださいました。息子にも「ちゃんとお礼を言って」と言いますと、手を合わせて「いつもすまんねぇ」と言うのでみんな大爆笑です。これはどうやらおばあちゃんの口癖(くちぐせ)を覚えたようです。
 金堂(こんどう)に入りますと大きな仏さまがおられます。以下は私たちがお参りした時のやりとりです。


 「大きいねぇ」「おおきいねぇ」
 「立派だねぇ」「りっぱだねぇ」
おうむ返しの連続です。
 「のんのんさんお顔、みえるかなぁ?」
 「うん、みえる」
 「のんのんさんも慎(しん)ちゃんのお顔が見えるの」
 「ふ〜ん」
 「後(うし)ろ向いてごらん。のんのんさん見える?」
 「みえん」
 「でもね、のんのんさんにはちゃんと見えるの」
 「・・・・・?」
 「慎ちゃんが泣いていても、笑っていても、おこっている時も、寝ている時でも、いっつも見ててくださるの」
 「ふ〜ん」
 「のんのんさんは大変なの」
 「だからねぇ。ちゃーんとのんのんさんにお礼を言って」
 「いつもすまんねぇ」「☆◇○△□・・?」


 相田みつをさんの詩に


 かんのんさまがみている ほとけさまがみている みんなみている ちゃんとみている


というのがあります。本当に解ってくれたかどうかはわかりませんが、これを聞かせたつもりだったのです。
 秋彼岸のこの季節。手を合わせながら、私たち自身の中におられる仏さまの声に静かに耳を傾けたいものですね。


 

峯浦啓秀

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