068 進ちゃんの夏休み
東京のまん中で生まれた進一(しんいち)くんはみんなから進ちゃんと呼ばれています。休みになると田舎で一人で暮らしているおじいちゃんの所へ遊びに行くのが大好きでした。
おじいちゃんの作ってくれる卵焼きは変な形でしたが進ちゃんは大好きでした。
田舎では東京の幼稚園のコンクリートのグランドと違ってころんでも土の上です。倒れて寝転がったまま空を見ていると草や花の匂いがしてきます。トンボやチョウチョがすぐ近くまで飛んでくるときもあります。
ある日、進ちゃんが庭で水まきをしていると足下を沢山のアリが行ったり来りしています。どこへ行くのかなあと思って後を付いて行くとひまわりの花の下にトンボの死体がありました。そのトンボにアリがむらがっています。そしていくつかに分けて自分たちの巣に運んでいるのです。
「エー!トンボって死ぬとアリさんに食べられちゃうんだ」と進ちゃんはびっくりして心臓がドキドキしました。
それからしばらくたって、おじいちゃんが死にました。
いつものように「進ちゃん、元気でね」とか「お父さんやお母さんの言うことをよくきくんだよ」とか「何でも食べて大きくなるんだよ、そして勉強もがんばるんだよ」とか「さようなら」も言わないで突然死にました。
進ちゃんは人が死んだらお葬式をすることを知っていました。葬式の日には進ちゃんの知らない人たちが家いっぱいになるほど来ました。そして進ちゃんにおじいちゃんの話をしてくれたり可愛がってくれて進ちゃんはとても楽しくすごしました。
葬式が終わると家の中は人がいなくなりとても静かになりました。
進ちゃんはおじいちゃんが帰ってくるのを毎日待っていました。
待っても待ってもおじいちゃんは帰ってきません。「ねえ、おとうさん、おじいちゃんはいつ帰ってくるの」と聞きました。するとお父さんは「おじいちゃんは帰ってこないんだ、もうおじいちゃんには会えないんだよ」と言いました。
「どうして?おじいちゃんはあの死んだトンボがアリさんに食べられたみたいに何かに食べられちゃったの?」と聞きました。するとお父さんは「違うよ」と言って話をしてくれました。
「進ちゃん、人間もトンボも死んだらもう二度と会えないんだよ。進ちゃんがおじいちゃんの所へ遊びに来る時にいつも見ていたトンボやチョウチョも毎年同じじゃないんだ。トンボやチョウチョは同じような色や形をしているからいつも同じのを見ているつもりでも本当は違うんだ。人間だって同じなんだよ。人はいつ死ぬか誰も知らない、でも必ず死ぬんだよ。お父さんももう一度おじいちゃんに会いたいと思っているけど出来ないんだ。
寂しいなあ。でもね、進ちゃんがお化けがこわいって泣いていた時おじいちゃんが言っただろ、おじいちゃんはいつも進ちゃんを守ってあげる。だから何にもこわがることはないよ、死んだっていつも進ちゃんが元気で楽しく暮らせるように守ってあげるから大丈夫だよってね。だからおじいちゃんはいつも一緒にいてくれるんだ。寂しいけど一緒にがんばって元気に暮らして行こう。おじいちゃんは進ちゃんが楽しく元気にしているときっと喜んでくれるよ。」
進ちゃんはおとうさんの話を聞いていておじいちゃんがいつも言っていたことを思い出しました。それから大きい声でおじいちゃんの写真に向かって言いました。「おじいちゃん、僕ね元気で楽しくやるからね、勉強もするからね、何でも食べて大きくなるからね。」となりにすわっていたおとうさんが「よしよし」と言いました。すべてのものは死んだり壊れたりしていきます。そのことをよく知って生きて行くことが大切なのです。
江口潭渕