法話の窓

071 落ち葉の願い

 毎年、3月の20日すぎに、お寺の紅梅(コウバイ:ピンク色の花が咲く梅の木)が咲きます。ちょうど、「お彼岸(おひがん)」といって、お釈迦(しゃか)様の教えを学んだり、お墓参りや法事をしたりするときです。お寺にはたくさんの人が来ます。こどもから、おじいちゃん・おばあちゃんまで、みんな、「がっさゃあきれいだあな(とてもきれいですね)」と言ってくれます。ときには、知らない人が「きれいな花ですね」と言って、見に来てくれることもあります。
 花が咲いているのは、ほんの少しの間です。花のあとで、葉っぱが出てきます。みんな、葉っぱのことは、あまり気にしません。ときどき「かげんなってすずしいなあ(ひかげになってすずしいね)。」と言ってくれるくらいです。

 そのあと、お盆すぎから、葉っぱが落ち始めます。この辺のお盆は8月15日頃です。(お盆は、亡くなった人のためにお祈りするときです)
 だれも「落ち葉がきれいだね」とは言いません。モミジやイチョウと違って、きれいじゃないからです。枯れたようになって、少しずつ落ちてきます。
 「おしょうさん、そうじがえりゃあわな(そうじがたいへんですね)。」と言われることもあります。毎日そうじしなければいけないので、たいへんです。
 11月になると、葉っぱが1枚もなくなって、枯れ木のようになります。もうだれも、紅梅のことを言わなくなります。

 にんげんは、生まれて、大きくなって、元気なときもあるけれど、やがて、病気やけがで、死んでいきます。いつまでも元気でいたい、みんなから忘れられたくないと思うけれど、それは、むずかしいことです。
 なんだか、紅梅の花が咲いてから、葉っぱが落ちるまでに似ています。
 じゃあ、葉っぱが落ちたら、もう終わりでしょうか。みなさん、葉っぱが落ちたあとの木を観察(かんさつ)したことはありませんか。木の枝に、小さな芽がついているでしょう。来年、花が咲いたり、葉が出たりする準備(じゅんび)をしているのです。
 花が散って、葉っぱが落ちても、紅梅の木は厳しい冬を生き続けます。そして、春には、また花を咲かせ、葉を出します。

 みなさんには、おじいちゃん、おばあちゃんがいますか。「もういないよ」という人もいるかもしれませんね。悲しいけれど、葉っぱが散るように、おじいちゃん、おばあちゃんも死んでいきます。
 でも、紅梅のように、みなさんは、次の準備をして、立派なおとなになってほしい。これが、死んでいく人の願いです。今、その準備をする時なのです。そうすれば、おじいちゃん、おばあちゃんの願いは、皆さんの心に生きられます。

伊達義典

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