法話の窓

【好日】海の声を聞く(2009/07)

 一年間、地元のFM放送のラジオに週一回、電話出演したことがあります。朝七時からの情報番組で「あなたの街の空模様」というコーナーです。その日の空模様を伝えたあと、何かコメントをするという十分ほどの内容で、毎回ネタ探しに苦労しました。その中で私のお寺から海まで三分ほどなので、天気のほかに必ずパーソナリティーの方が今日の海は、波はどうですか?と尋ねられます。もともと海は好きなのですが、そのおかげで前より海をよく見るようになりました。

 

 ところで、『華厳経』という経典の「入法界品」に善財童子という少年が出てきます。文殊菩薩に出会い菩提心を発し、五十四人の先生を訪ねる求法の旅物語です。その中に海雲比丘という善知識が出てきます。海雲比丘は、浜辺に坐って十二年間もただひたすら海を見つめ続け悟りを得た人です。海雲比丘が広く、深く、澄んだ海を見つめていると突然、海の中から大きな蓮の花が現れ、その上に坐した如来が海雲比丘の頭をなでて、普眼という名の法門(仏の教え)を説いたと経典には記されています。十二年間、ただ海だけを見つめていた海雲比丘に、海が真理を語ったのでしょうか。海の声を聴いたのです。
 日々、あわただしく生活する私たちには、山や川、空や海、草や木を虚心に見つめる時間を持つことは難しいことです。しかし、解剖学の先生で多くの著書もある養老孟司さんは、「人間のつくらなかったものを、一日十分間見なさい」と自然を見ることの大切さを迷える現代人に提言しています。混沌とした世の中だからこそ大自然に耳を澄まし、心を澄まして見つめる時間が必要なのではないでしょうか。
 因みに「普眼」とは、あらゆるものが互いに関係しあい融合して、調和していることを観じる眼のことです。海や山へと出かけることの多い季節ですが、一度じっくりと大自然と向き合ってみませんか。「あなたは決して一人じゃない、必ず誰かが見守っているよ」と、海の声が聴こえてくるかもしれません。

栗原正雄

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