法話の窓

【清泉】妹から兄への贈り物(2013/04)

 一周忌のご法事の御斎(おとき)の席で、故人の兄が、
「私の着ているこの礼服、少し小さいと思いませんか」
と、尋ねられました。

 「実は、今私が着ているこの服は、私が東京芸大在学中、コンサートに着る服が買えなくて困っている時、妹が高校を卒業して、銀行員となって初めてのボーナスで、私に買ってくれたものです。私はそれ以来五十年大切に着させてもらっています。とりわけ、葬儀以来、妹の仏事には必ず着ることにしております」

と、お話しくださいました。
 故人は、学校の教師の家に嫁ぎ、一男一女に恵まれ、幸せな家庭を築いてこられました。しかし、六十歳を過ぎて病に倒れ、数年にわたる闘病の後、六十六年の生涯を終えられたのです。
 故人が、生活を営んでこられた宇和島市から菩提寺までは、車で三十分程度時間を要する距離がありますが、しばしば友人やかつての職場の同僚が、故人の墓を尋ねてお参りされます。菩提寺の住職である私は、その都度見晴らしの良い山手にある墓地までご案内をさせて頂いております。
 ご縁のあった皆さんが、あまりに度々そのお墓を尋ねて来られるので、にわかに、一体どんなお人柄だったのだろうかと、気になりはじめていた矢先に兄上の話を聞き、そのお人柄に触れることができましたことは、本当にうれしくありがたいことでした。その日は知らず知らずのうちに話が弾み、心和む一日でした。
 故人の願いは、現在七十半ばになるその兄の
「身体の続く限り、地元の合唱団の指導に取り組んで行きたい」
という、尊く堅い誓いとなって受け継がれています。

小田実全 (おだ じつぜん)

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