法話の窓

045 お金が無いんやー

 先日新聞をひろげているとこんな題名の投稿記事が目に入りました。その題名は「多すぎないかローンのCM」。内容は、「まるで国の借金漬け体質が国民に伝染したかのように、多くの人々が借金を気にせず消費者金融を利用し、それらの会社は莫大な利益をあげている。この世相は異常な感じがするし、身の丈にあった生活も、工夫すればけっこう心豊になる・・・」というものでした。

 同感です。ともかく最近のテレビには消費者金融会社のCMが氾濫していますよね。よく聞かされる『ご利用とご返済は計画的に』といううたい文句。それを聞くと『変だなぁ、ものごとを計画的に進めるような人は消費者金融はまず利用しないけどなぁ。』といつも感じてしまいます。

 また別のテレビCMでは、二十歳ぐらいの若者がコチラに向かって「一人暮らししたいんやけど、(そうするだけの)お金が無いんやー」と大声で叫んでいます。「お金が無いんやー」と人前で大声で叫ぶなんて、かなりみっともないことだと私には感じられます。知人にそんな風に話したら、その人が言うには「そうかなあ、そのCMは見たことがあるけど、みっともないなんて感じたことなはいよ・・・」

 日本人はいつからお金が大好きになってしまったのでしょうか。勿論、むかしの人もお金は嫌いではなかったと思いますが、『武士は食わねど高楊枝(たかようじ)』という言葉が残っているぐらいですから、昔の人はお金にはそれほど執着してなかったような気がします。

 『佐賀のがばいばあちゃん』(島田洋七著・徳間書店)という本を知っていますか?筆者が、子どもの頃にあずけられていた一人暮らしの佐賀のスゴイばあちゃんのお話です。ばあちゃんは貧乏なことなど全然気にしません。彼女によれば「貧乏には二とおりある。暗い貧乏と明るい貧乏だ。ウチは明るい貧乏だからよか。それも最近貧乏になったのと違うから、心配せんでもよか。自信を持ちなさい。ウチは先祖代々貧乏だから。」だそうです。

 最後に『臨済宗中興の祖』と呼ばれる白隠禅師(はくいんぜんじ)の残された句をご紹介しましょう。

 もの持たぬ たもとは軽し 夕涼み

 着物のたもとの中に、お金で買える『もの』をいっぱい入れていると、重くて手が自由に動きません。からっぽにしたら、軽くなってとても気持ちがいいですよ。

豊岳澄明

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