057 耳かき一杯(いっぱい)が百万円する土
●なぜ生きものを殺してはいけないか
私たちの回りでこんなむごたらしいことがあっていいのだろうか。十五階のマンションの上から小学三年生の男の子が投げ落とされて殺されました。
それから十日もたたないうちに、同じ十五階で女性が突き飛ばされました。
女性は激(はげ)しく抵抗(ていこう)したので投げ落とされずに助かりました。日本全体では最近一年間に百人以上の子ども達が殺されました。その中には小学生の女の子もたくさんいます。動物に対してもむごい殺しかたをしました。小学校で飼っていたウサギを数人の生徒たちがサッカーボールの代わりにして、お互(たが)いにけとばし回(まわ)して殺してしまいました。また、水に浮んでいるカモに向かって吹き矢を飛ばし、矢があたったそのカモは、頭から首にかけて矢が突き抜けたまま泳いでいるという、いたいたしくてかわいそうな姿がテレビに出ていました。
困ったことに、まるで鬼か悪魔のように平気(へいき)で生き物を殺す者たちが増えてきました。
どうしたらよいのだろうか。坐禅会(ざぜんかい)でそんな話しをしたら「和尚さん、すぐ人に咬(か)みつく犬や、畑を荒らすイノシシなんかは殺してもいいのではないですか?」と言う質問がでました。
「いやだめだよ。おしゃか様はね、生きとし生けるもの、いのちあるものは決して殺してはいけない、どんな小さな虫けらでも、むだにころしてはいけない、とおっしゃったのだよ」と答え、さらに続けて「あのね、もし君があのけ殺されたウサギだったらどうかね?たとえば回りの人たちからバットで君がなぐられ突き飛ばされ、骨がくだかれ、肉が破れ、血を吹きとばし、苦しみもだえながら死んで行く姿を考えてみなさい。その痛さ、苦しさ、悲しさ、恐ろしさはどんなものだろうかね?」生きものは殺してはいけません。いのちとはとてもたいせつなものです。なぜいのちがそんなにたいせつなのだろうかそれを考えてみよう。
あるとき、おしゃか様が一人のお弟子(でし)さんを連れて、たくはつをしていたときのことです。そのお弟子(でし)さんがおしゃか様にたずねました。「お師匠(ししょう)さまはいつも、命はとてもたいせつだとおっしゃいますが、なぜそんなにたいせつなのか教えて下さい」といいました。するとおしゃか様はニッコリ笑ったかと思うと、すぐ近くの地面から少しの土をつまみ上げました。
それは、ほんの耳かき一杯(いっぱい)ほどの土でしたが、おしゃか様はその土をご自分の指の爪の上に静かに置いて、お弟子(でし)さんの前にさし出しました。そして言いました。「あんたのいのちはね、今そこからわたしが選んだこの土と同じくらい大切なんだよ」と言うではありませんか。お弟子さんは意味がよく分からず困った顔をしております。これはどう言うことなのでしょう?わたしはこう思います。わたしもおしゃか様と同じように、ある場所から耳かき一杯(いっぱい)の土を選んできたとしましょう。そして君たちにこう言います。『この土はある場所から選んで持ってきました。この土とぴったり同じ場所から同じ分りょうの土をすくって持ってきた者に百万円をあげましょう』と約束します。大分県全体の土地から、いや九州全体、日本全体の土地から探すということになれば、何百年、何千年、何万年かかっても見つけることは絶対(ぜったい)にできませんね。君たちがこの世に命を受けて生まれてきたと言うことは、これと同じように奇跡的なことなのです。どうしてだろう?君たちはお父さんとお母さんの二人から生まれてきました。そのお父さんがある大学の四年生でテニス部だったとします。
そこへたまたま一年生のお母さんが入部してきました。先輩のお父さんが、後輩のお母さんを毎日一生けんめいに指導しているうちに、お互いが好きになり、それが縁で二人は卒業後に結婚しました。
もしお父さんが別の大学生であったら、いや同じ大学であってもお父さんがテニスをしていなかったら、またお母さんが入部してこなかったら、今君たちの一人はここに立っていないはずです。生まれてこなかったはずです。君たちがいのちをもらって生まれてくると言うことはほんとうに奇跡と言っても良いのです。お父さんのご両親である、おじいちゃんもおばあちゃんも、同じようなめぐり合いで結婚しました。
もし二人が結婚していなかったら君たちはもちろん、君たちのお父さんもこの世に生まれてはいなかったのです。お母さんについても同じことが言えます。こうしてご先祖様たちから奇跡的なご縁によって、いのちは一度もとぎれることなく、何十億年も続いてきているのです。だから、人の命はもちろんのこと、いきとし生けるもののいのちは大変大切(たいせつ)であり、だいじにしなければならないのです。
おしゃか様が「生きものをむだに殺してはいけません」と強くおっしゃっているのは、こうしたお考えからでありましょう。君たちもこの耳かき一杯のいのちをむだにしてはいけません。まして相手を殺すなどと言うことはとんでもないことでしょう。だから今の君たちの力でお互いが生きもののたいせつな命を守って行き、住み良い世の中にして行きましょう。
朝山芳宗