法話の窓

100 やさしい盗賊

 この「どろぼう」は、みなさんの大切なものをすべて奪い取ってしまうかもしれません。しかし、それはみなさんのためを思ってのことです。

 妙心寺を開かれた無相大師さまには「柏樹子(はくじゅし)の話(わ)に賊機(ぞっき)あり」というお言葉があります。「柏樹子の話」とは、わたしたちが今、禅の教えの中に生きていられるのはなぜだろうという禅問答です。この話の説明は次回に譲って、今回は「賊機」についてお話をいたします。 

 無相大師さまは「柏樹子の禅問答は大どろぼうだ」と言われました。これを花園大学学長の阿部宗徹老師は「賊機とは、あの人のために何とかしてあげなければいけないという大きな親切心だ」と解説されました。つまりこのどろぼうには、私のひとりよがりや思いこみをすべて奪い取ってしまう大きなはたらきがあるといわれたのです。これを仏法では「大慈悲心」(だいじひしん)と呼んでいます。

 

 タレントのそのまんま東さんは、昭和三十二年に宮崎県都城市で生まれました。地元の高校を主席で卒業した後上京し、北野たけしさんの元で芸能生活を送ります。途中、不祥事事件などに関わったとして話題になったこともあります。その謹慎中に受験し、通い始めた早稲田大学では、政治経済学部への再入学を果たすほどの猛勉強をしました。そのうち東さんは、地方自治への道に目覚めました。平成十九年には「宮崎をどげんかせにゃいかん」というキャッチフレーズを掲げ、宮崎県知事選挙に当選しました。それまでの宮崎県は、官製談合事件が起ったり、財政面でも無駄なことが多かったようです。知事となった東さんは、本名である東国原英夫に戻り、県政に不要なものや、ときには必要なものさえも削り取って、宮崎県の再生に努められています。この東国原知事の「どげんかせにゃいかん(どうにかしてあげなければいけない)」という郷土に対しての言葉や手腕が、愛情のこもった「賊機」そのものなのです。 

 くらしに必要なもの、不要なもの。いろいろなものを身にまとい過ぎ、本来の姿を見失ってしまった自分がいます。ときには必要なものさえも奪い去られたとき、また手放したときに、素直な私だけが残るのです。私たちも、相手の苦しみや悩み・悲しみを知らされたとき、賊機をもって「なんとかしてあげよう」と奮起したいものです。 

 無相大師さまの言われた「賊機」とは、そんなやさしい「正義の大どろうぼう」だったのですね。

上沼雅龍

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