法話の窓

「葉々清風を起こす」

  『相送って門に当たれば脩竹有り 君が為に葉々清風を起こす

  (あいおくってもんにあたればしゅうちくあり きみがためにようようせいふうをおこす)』

(虚堂録)  

 

  「別れを惜しみ門まで見送りに出る。すると門前の竹の葉がそよそよと風に鳴り、旅立つ君に清涼なる餞別を送っていた。まことに味わい深いこの一句、清らかな直心と直心の交わりである。」

(茶席の禅語大辞典 有馬頼底 淡交社)

 

 今から20年以上前の話です。私は、Tさん宅のお参りをすませ、駐車場まで見送りに出てくれたTさんと挨拶を交わし、車に乗り込み、発車後200メートル程の所で車の異常に気が付きました。そういえば駐車場を出る時、縁石に接触した音がしていました。たいしたことはないと思っていたのですが、傘をさして外に出るとタイヤがパンクしていました。外は大雨です。屋根のあるTさん宅の駐車場を借りてタイヤ交換をすることにしました。ゆっくりと車をUターンさせて駐車場に戻ると、心配そうな顔をしたTさんが立っていました。実は、Tさんは、毎月、駐車場で私が車に乗り込んで出発した後、私の車が交差点で右折して見えなくなるまで、見送ってくれていたのです。

 「大丈夫ですか。修理屋さんを呼びましょうか。」と心配そうに声をかけてくれるTさんに、「ええ、大丈夫です。」と言いながら空気の抜けたタイヤをスペアタイヤと交換して作業完了。水道の蛇口をひねって手を洗い、再び別れを告げて出発。バックミラーを見ると、Tさんは、ずっと、頭をさげたままの姿でした。私の車が見えなくなるまで。

 途中、修理屋に立ち寄ると、「亀裂が大きく修理は不可能です。」と言われ、タイヤ一本買い換える事になってしまいました。散々な一日でしたが、Tさんの見送ってくれた姿を思い出すと、私の心は実にさわやかな気分になりました。

 

 『銀河鉄道999(松本零士)』の「亡霊トンネル」という話の中に、

 

  『人によっては自分の立ち去ったあとに「心」を残してゆくことがある。 とてもやさしい「心」も あれば、いてもたってもいられなくなるいやな「心」もある。空間には目に見えないそういう「心」が数かぎりなく残っているのだ……』

という一節があります。

 

 人と人とが出会い、別れた後には心が残っていきます。お互い、さわやかな心を残していけるように心掛けたいものです。

香泉芳宗

 

引用文献

『茶席の禅語大辞典』(淡交社)有馬賴底[監修]P459(2924番)

『銀河鉄道999 亡霊トンネル』(小学館)著者 松本零士 (レーベル My First BIG)

第1話「亡霊トンネル」P37

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