ジャック・マイヨールが愛した海~「自他一如」
佐賀県・松山寺住職 松岡宗鶴
妙心寺派布教師会から「東京禅センター」のホームページに掲載する法話原稿を依頼されたのは今年の1月。しかも掲載予定は8月とのこと。冬の真只中に盛夏のイメージはすぐには湧かなかったが、8月といえば私が住む地域では「お盆」の月だ。しかし、東京は確か7月盆だったはず…。「待てよ、夏といえば海水浴。私が住む唐津には美しい海があるじゃないか。しかも、あのジャック・マイヨールが愛した海が!」
映画「グラン・ブルー」でも知られる伝説のダイバー、ジャック・マイヨールは、私の青春時代に少なからず影響を与えた人物だ。公開当時、中学生だった私は紛れもない「グラン・ブルー・ジェネラシオン」の一人。いつしかダイビングの資格を取り、イルカと共に青い海を泳ぐことを夢みていた。それから月日が経ち、縁あって唐津の寺の住職となり、はや13年。海はごく身近にあるものの、これまで唐津の海で泳いだことは一度たりともない。その理由の一つは、海水浴シーズンはお寺の行事で忙しいからだ。唐津でも農村地域にあるお寺のため、7月には五穀豊穣を願う夏祈祷を行う。また、その直後からは近隣の各寺院で行われる施餓鬼会に連日のように出席をする。そして、お盆の棚経や精霊送りといった夏の恒例行事をひと通り終えた頃には、海水浴シーズンは終わってしまう。さらにもう一つの大きな理由は、いつでも行ける距離が私自身の考えと行動を鈍らせ、挙句には情熱を冷ましてしまったことにある。
しかし、ジャック・マイヨールにとって、唐津の海は特別な場所だった。なぜなら、ジャックが初めてイルカに会った海だから。伝説のダイバーの原点は、唐津の海なのだ。
【ジャックが海に入るにはいくつかの儀式があった。まず太陽に向かって独特の呼吸をする。ハシゴを降りて肩まで海につかると、ゆっくりとした呼吸をくり返す。そして船からはなれると、突然、静から動へ変化する。両腕で水面を何度も激しく叩くのだ。それからゆっくりスノーケリングで水面を泳ぐ。船から下げた潜降ロープにつかまり、水深3メートルぐらいで2,3分はじっとしたまま動かない。昔会ったイルカに語りかけているかのようでもある。この儀式が終わるとようやく潜りはじめるのだ。】(引用:『唐津とジャック・マイヨール』~高島篤志著)
ジャックは素潜り(閉息潜水)にヨガや禅の呼吸法を取り入れ、前人未到の記録を次々と打ち立てた。そして、さらには自己と海(自然)との融合を目指していた。海へ入る際に行われる独特のルーチンは、ありのままの自己がゆっくりと海と融け合うかのようだ。それは、仏教でいう「自他一如」、自分と周りのものとが一つになるということだろう。
いま地球環境と人類の平和は悪化の一途をたどっている。環境保護活動家としても知られるジャックはそのことを次のように語っている。
【人はみな、同じブルーの深海から生まれてきた。人間は自然の一部であり、もっと謙虚にならなければならない。我々、人間の考え方と行動のいかんによっては、取り返しのつかないことになるだろう。人間同士の信頼を再構築しなければ何も解決しない。】と。(抜粋:『ジャック・マイヨール、イルカと海へ還る』~ピエール・マイヨール、パトリック・ムートン著、岡田好惠訳)
特にペットボトルやレジ袋をはじめとするプラスチックごみは海洋汚染や生態系に多大な影響を及ぼしている。海に流出するプラスチックごみの量は世界で年間800万トンという試算もあり、2050年にはごみの量が魚の重量を超えると予測されている。
5月の連休中に子供たちを連れて唐津の西ノ浜にでかけた時にも、海の底や砂浜にはごみがたくさん落ちているのが見られた。子供たちも小さいながらに、どうしてごみが落ちているのか少し気になっていたようだ。それも束の間、貝がら集めや泥団子を作って遊ぶことに夢中になっていた。そんな子供たちを見ながら、ふと思い出したのはアメリカ先住民族の教えだった。
【我々は七代先の子供たちのために、今何をしなければならないかを考えて行動する】
こうしたジャックの考え方やアメリカ先住民族の教えは、釈尊の教えに通じるものがある。
【目に見えるものでも、見えないものでも、遠くにあるいは近くに住むものでも、すでに生まれたものでも、これから生まれようとするものでも、一切の生きとし生けるものは幸福であれ】(『スッタニパータ』より)
早速、図書館でプラスチックごみ問題を題材とした絵本を借りてきて子供たちに読み聞かせた。プラスチックごみを食べて具合が悪くなったカモメに接し、主人公の女の子の勇気ある行動がみんなを動かし、環境保全につながっていくという内容が子供たちの心をつかんだのだろう。
次の日曜日には、ごみ拾いの散歩に出かけることになった。軍手をし、トングと袋を両手に持っていざ出発!1時間ほどの散歩でごみは一杯になった。子供は何にでも夢中になれるからいい。いや、私自身も童心に返るようで第一、気持ちがいい。
ジャックがこの世を去って、今年で20年。イルカと泳ぐ夢は叶っていないが、禅僧として自然との融合(自他一如)を心がけ、坐禅は続けている。それに環境保護活動も意識して取り組んでいる。置かれた環境で、自分にできることから、ひとつずつ。
「よし、コロナ禍が収束したら夏の海に泳ぎに行ってみるか。」
「おっと、それまでに運動不足の身体を鍛えておかねば…。」
最後に私たち妙心寺派教団では、「おかげさま~みんなの幸せをめざして」、SDGs(持続可能な開発目標)に取り組んでいます。